科学専門誌Nature、2024年11月5日の論文。論文タイトルは”How ‘miracle’ weight-loss drugs will change the world: Models suggest societal upheaval from anti-obesity medicines — but impacts are hard to predict.”
「奇跡の “痩せ薬 “は世界をどう変えるのか?:抗肥満薬による社会の激変を示唆するモデル – しかし、影響を予測するのは難しい。」
論文は、肥満(および肥満予防)による社会的インパクト予測のためのモデリングの考え方を、データや専門家の意見などをもとに、精緻に考察している。論文の書き出しは:
「2030年、より健康で幸せな世界へようこそ。 心臓発作と脳卒中は20%減少した。 食品消費量の減少により、人々の財布に余裕ができた。 乗客の体重が軽くなったことで、航空会社は毎年1億リットルの燃料を節約している。 また、何十億という人々が、精神的・肉体的健康の向上により、より良い生活の質を享受している。
これらは、GLP-1アゴニストとして知られる信じられないほど効果的な減量薬の新しい波が社会を変え、長期的には数兆ドルを節約するかもしれないとアナリストが予測する方法のほんの一部である。」と始まる。
すでに米国では、肥満率の減少が報じられているが、統計学的には優位ではない。それでも肥満傾向の変化は、社会的に数多くの波及効果をもたらすことが予想される。ただし、それらの波及効果は多くの不確実性がある。
セマグルチドのようなGLP-1薬は、短期的には(16ヶ月で)体重の約15%を減少させることが可能であり、次世代の薬はさらに効果的である可能性がある。また、心臓発作と脳卒中のリスク軽減をはじめ、いくつかの疾病や症状の改善、重症化予防への効果も確認、あるいは確認されつつある。体重減少による効果は、睡眠時無呼吸症候群や胸やけ、関節痛の軽減といった身体的不調の改善や、社会的スティグマの軽減といった精神的健康の改善など、個人にとって薬がもたらす直接的な影響としてモデル化が可能である。一方で、中毒、パーキンソン病、不妊症などについては、モデルに組み込むにはまだ早すぎるとの意見がある。また、吐き気、胃腸障害、筋肉萎縮、服用中止によるリバウンド傾向などの「欠点」の扱いも、今後の検討材料である。
医療以外の長期的・社会的インパクトも極めて大きなものである。2035年までに米国のカロリー消費量は1.3%減少する可能性があるとし、実際、ウォルマートでの食品の売り上げが減少しているともされる。ほかにも、乗客の体重減少による燃料節約、膝関節インプラントや睡眠時無呼吸症候群用マスクなどの医療機器の売り上げ減少、小型車への需要増、人々がより多く歩くようになることでの土地や建物の用途の再構成などが言われている。さらには、体重減少による学業成績向上、高等教育を受ける可能性の向上、病欠(アブセンティーズム)の減少などもあり、このようなコストは世界の国内総生産(GDP)の2%以上を占めているとも言われる(2022年、161か国によるデータ)。さらには、食生活の変化による食品製造に関連した二酸化炭素量や運送に係る自動車の排出量などの気候変動への影響も指摘される。
しかしながら、論文では、これらのメリットを持ち込んだモデリングにはいくつかの課題があると指摘している。その一つは、人々の行動(モラルハザード)の影響、例えば、体重減少により、運動量が増えるのかどうか、あるいは、食生活がどのように変化し、それらによる骨や筋肉への影響などはわかっていないことなどを指摘している。GLP-1薬による体重への影響も含め、長期的なデータがなく、あったとしても、メーカーの資金援助を受けていることが最も重要な課題としている。
経済協力開発機構(OECD)は、2025年、GLP-1の経済的影響に関する報告書を発表する予定とのことであり、価格と直接医療費、治療へのアクセス、とくに人種や地域でのアクセスの違いなども考察されるようである。
ニュースソース
Sara Reardon:How ‘miracle’ weight-loss drugs will change the world: Models suggest societal upheaval from anti-obesity medicines — but impacts are hard to predict. (05 November 2024)
Nature 635, 22-24 (2024)doi: https://doi.org/10.1038/d41586-024-03589-7