【論文】医薬品の価値評価にシステム思考を導入する

Health Affairs Forefront、2025年3月11日公開記事。著者は、米国の医療経済評価領域を代表するピーター・ニューマン他。

医薬品の価値評価は、医療システムの複雑性を十分に考慮しておらず、その結果、価格交渉に誤った情報を提供し、過度に制限的なアクセス政策につながる可能性がある。従来の費用対効果分析は、実際の使用状況や外部要因を適切に反映できておらず、COVID-19パンデミック時にもその問題が明らかとなった。さらに、費用対効果分析と併用されることの多い予算影響分析も、システムによるアクセスの制約を過小評価するため、薬剤の普及率を過大に見積もる傾向がある。

価値評価の影響

価値評価は医薬品の保険適用方針に影響を及ぼすが、理論上の価値と実際の利用実績には大きな乖離がある。費用対効果分析や予算影響分析が実際のアクセス障壁を無視すると、保険適用や価格政策を歪め、さらなるアクセス障壁を生み、公衆の信頼を損なう可能性がある。例えば、C型肝炎治療薬の直接作用型抗ウイルス薬(DAA)も、費用対効果が高いと評価されたが、診断やスクリーニングの障壁、保険の制限、患者の認識不足、治療提供者の不足などの要因により、実際の利用率は低かった。このようなシステム上の障壁を価値評価に組み込むことで、新規治療の導入における現実的な展望が得られる。同様の問題は他の新規治療においても見られる。

  • 希少疾患のオーファンドラッグ(ヌシネルセン等):地方や低所得地域では専門施設や治療提供者が不足し、アクセスが制限されている。
  • CAR-T療法(イデカブタゲン・ビクルユーセル等):治療の手続きや支払いの複雑さ、医療提供者の不足が治療の遅延や制限を招いている。
  • 遺伝子治療(ボレチゲン・ネパルボベク等):超低温保管や特殊な供給網、遺伝子検査の必要性がアクセスの障壁となっている。
  • 長時間作用型抗精神病薬(パリペリドン・パルミチン酸エステル等):外来施設や訓練を受けた医療従事者の不足が利用を妨げている。
  • アルツハイマー病治療薬(レカネマブ、ドナネマブ等):診断プロセスの複雑さや専門医の不足、頻回の点滴投与要件が障壁となっている。

一方、システム思考の導入は容易ではなく、新たな枠組みの開発が求められる。ISPORの「Living Health Technology Assessment」や「Generalized Cost-Effectiveness Analysis(GCEA)」といった新たな試みは、ライフサイクル全体を考慮する点で前進しているが、以下のような課題への包括的対応には至っていない。

  • 治療効果の個体差とサブグループの考慮
  • 高額治療の短期的な財政負担(例:遺伝子治療)
  • 公的保険制度の制約(例:細胞・遺伝子治療におけるメディケイドの適用制限)
  • 地理的要因(例:遠方の専門医療機関への移動負担)
  • システムの能力・インフラ不足(例:医療従事者の不足、製造要件の複雑さ)

今後、標準化されたアプローチの確立、システム障壁の特定、多様なデータソースの統合が求められる。また、価値評価の実施には十分なリソースと能力の確保が必要である。保険者、医療提供者、バイオ製薬企業、患者を含む多様なステークホルダーが協力し、情報共有と資源の配分を共同で行う仕組みの構築が望まれる。その結果、医薬品の価値評価にシステム思考を取り入れることで、新規治療の実際の影響をより正確に予測できるようになる。この変革には政策立案者、バイオ製薬企業、臨床リーダー、患者、保険者、投資家など多くの関係者の協力が必要である。実世界での治療の影響を正しく評価することで、患者、医療システム、社会全体にとってより良い成果をもたらすことができる。

 

ニュースソース

Gigi Hirsch Sharon Phares Peter J. Neumann:Bringing Systems Thinking To Drug Value Assessment.
Health Affairs Forefront, March 11, 2025, 10.1377/forefront.20250310.187563

2025年3月12日